蜀漢文化を求めて─日本人青年の四川冒険記

こんな80年生まれの日本青年がいる。彼は、毎日『三国志』の漫画やゲームを読んだり研究したりしている。この日本青年が今回の主人公八木太である。今回彼は三国蜀漢の文化を探る不思議な地図を開いた。

日本の『三国志』漫画は7000万冊余り売れており、『三国志』ゲームは登場から38年経った今でも大ヒットしている。三国は日本の二世代の子供時代の主流である。この三国蜀漢文化に関する不思議な地図には、作家吉川英治が描いた諸葛亮の連珠のような言葉を発するインスピレーションの源、漫画家横山光輝が描いた張飛と馬超の大戦のインスピレーションの源、日本横浜中華街で毎年の夏に開催される「関帝祭」のインスピレーションの源がある。もちろん、この地図は三国世界の英雄豪傑がゲームした本当の戦場でもある。世界中の三国志好きと一緒にこのインスピレーションいっぱいの地図を開こう!

1つ目 成都

四川は巴蜀文化の発祥地で、三国時代に天下を三分し、劉備は成都に蜀を建てた。武侯祠は、蜀漢の章武元年(221年)に建てられ、もともとは諸葛亮を記念する専門的な祠で、孔明廟、丞相祠などとも呼ばれていた。のちに君臣を一緒に祭る祠となり、諸葛亮に対する民衆の尊敬と敬愛を表した重要な三国遺跡でもある。

『出師表』はほとんどの中国人は中学で勉強したことがある。もしあなたに中国人の友達がいたら、彼か彼女はきっと暗唱できる。少なくとも第1句は暗唱できる。そして偶然に、八木太も第1句を覚えている。

2つ目 徳陽

臥竜鳳雛、一を得すと天下を得す(臥龍と鳳雛の両人を得れば天下を治めることもできる)。劉備の軍師「鳳雛」の龐統が的盧という馬を乗って雒城を攻めたが、落鳳坂で矢に当たって亡くなった。後代の人は龐統を記念して徳陽白馬関鎮に龐統祠を建てた。八木太はこう感嘆した。

「もし龐統が死ななければ、劉備は本当に天下を統一できるかもしれない。」

3つ目 広元

昭化は古くは「葭萌」と呼ばれ、蜀漢政権の竜興の地であり、ずっと「蜀の第二都」と見なされていた。蜀漢の第3代丞相である費禕の丞相府も、姜維の大将軍府も昭化古城に置かれていた。ここは三国文化の資源の保存が比較的完全である古城で、蜀漢政権の興亡の証明地でもある。

広元に行けば、三国志の講談も聞ける。これまで八木太は漫画やテレビでしか張飛や馬超の大戦を見ることができなかった。四川で実写で演じられているとは思わなかったので、彼をとても興奮した。

4つ目 閬中

三国時代、蜀漢の大将軍張飛は巴西太守に任じられ、閬中に7年(214年~221年)も駐屯した。ここで彼は精強な兵士1万人を率いて、曹操の3万の大軍を大敗させた。閬中では現在も張飛のパフォーマンスが続いており、張飛巡りを没入的に体験できる。

このほか、三国蜀漢の名人周群・譙周・程畿・鎮北将軍黄権・鎮南大将軍馬忠なども閬中の人である。「ファンにとっては、漫画でもゲームでもドラマでも、史跡を訪れて実際に体験するほどインパクトがあることはない」と、三国文化の大ファンである八木太さんはこう言った。

世界の三国ファンはみんな注目!鉄筋コンクリートの都会のジャングルからたまには脱出しよう!このインスピレーションの地図を持って、リアルな三国世界へようこそ!

 寄稿者:長楽

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