冬の雲南は、人を安心させる

冬は残酷だと誰が言ったのだろうか。雲南はいつもこのように晴れていて、人を安心させる。朝と夜を除いて、毎日は十分な光と暖かさを持っている。この冬、私たちの旅は南から北へ、高山峡谷から怒江へ向かった。

怒江州

怒江には大型水利工事はなく、今も簡易な渡江鋼索が残されており、異なる民族の人々が川沿いの山に住んでいる。私たちは道に沿って橋を渡って、途中で風景が絶えず変化して、原始的な美しさに満ちてい。その間に身を置くと、山と水、太陽と空気、清風と明月は、ずっとあなたのそばにい

丙中洛と怒江第一湾

丙中洛鎮に向かう途中、まず怒江第一湾に出会った。足で山道を歩いても、目で過程を記録して、完全なルートを組み合わせる。午後の川の水は緑に染まり、峡谷の中を流れ、穏やかな川流である。

さらに歩いていると、ぱっと明るく開けていて、丙中洛鎮が到着したことを知った。丙中洛はよく「人神共居の天国」と呼ばれている。高くそびえる山に囲まれているにもかかわらず、人が住むための比較的広い地勢があり、高麗貢山脈の主峰を間近で見上げることができるからだ。神は彼を信仰する人を守っているようで、人々は神山のふもとで悠然と暮らしている。

ここは中国の多民族の居住地で、異なる宗教と文化がこの小さな町に集まって、合理的で奇妙で、静かでにぎやかで、夜に見上げた星のように、それぞれ輝いている。

翌日の日の出時刻に再び山に登り怒江第一湾を見下ろし、ゆっくりと夜が明けるのを待っていた。川の水は雲霧に包まれ、また紺色になった。

 

山の奥にある霧里村と秋那桶村に入ると、さらに静かさを感じる。

大理州 諾鄧

その後、私たちは雲龍県白族古村諾鄧に来た。諾鄧火腿(ハム)が有名になる前に、千年の歴史を持つこの村は重要な塩産地であり、塩馬古道への中心地でもあった。ここの村落は真っ白な家になるだろうと思っていたが、土質の影響で赤土色を帯びていて、ハムのような色で、山の色に溶け込んでいた。

山に沿って建てられた村では、老人たちがおしゃべりをしているのを見ることができ、親たちが子供の下校を待っているのを見ることができ、家々の庭にハムがかかっているのを見て、ラバが薪を背負って製塩所に送っているのを見ることができた。ここは商業的な雰囲気が少なく、静かでのんびりした生活をしている。

巍山古城

諾鄧を離れて無量山に向かう途中、私たちは巍山古城にしばらく滞在した。巍山県は歴史が古く、所在する巍宝山は道教の名山である。巍山古城は碁盤式の構造を残しており、街は縦横に交差している。城中の建物の多くは明清の建築様式を残している。古風な街並み、博物館の豊富な所蔵、人々の悠然とした姿が印象的だ。

桜谷

夜は無量山に泊まり、朝は桜谷に来た。日が昇る前に、雲が金色の霞に包まれていた。太陽の光がゆっくりと山谷に入ると、茶園や桜の木も優しい金色に覆われていた。

私たちはゆっくりと谷底に入って、鳥がさえずり花が香り、歩くほど春に入ったようになった。茶の木に遮蔽を与えるために植えられた桜は、冬に咲くと、寒い冬にも春の風物や情景が見られるようになる。

南澗土林

車で一時間ほどの南澗土林は、また別の光景になった。一つ一つの土峰は木のように、塔のように、筍のように、千姿万態で、雲南の景色の多様さと豊かさに感嘆させられ、遠くないところで大きな違いがある。

喜洲古鎮

やはり洱海の近くに行ってみることにして、静かな喜洲古鎮に来た。古鎮の建物はすべて「三坊一照壁、四合五天井」と言う典型的な白族の民家の造りとなっている。通りの両側には様々な店舗が開いているが、やはり人の少ない路地に行って、本当の地元生活を体験するのが好きだ。この古鎮の静かな美しさは私を深く感動させた。

寄稿者:四方を旅しています

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