中国の春のお花見名所、一番行きたいのはどれか?

春の麗な三月は、草が茂り、ウグイスが飛び、大気中の至る所に息吹が感じられる。万物の生長は春に背かなく、宴の酒も暖かさを無にせず、春の花と四季の景色は皆あなたの物になる。一緒に花を追いかけ、このロマンチックな春の景色を求める旅に出かけましょう。

01漢中と出逢う 花海が絵の如く

勢いが壮観でまた精巧で美しい、これは漢中の菜の花。毎年春になると、満開の菜の花とその中に埋め込まれた麦の苗が交わり、青い山と緑の水がそれを補い、漢中盆地の美しい風景を構成している。中に身を置き、思う存分に色彩がもたらす驚きと陶酔を味わう。

三国の痕跡をどこで見るかと聞くなら、青木川古鎮に来て欲しい!ここは秦と蜀の咽喉、商売人が集まる辺境貿易の要衝、人傑地霊、山紫水明、城は山の中にあって、山は城の中にあると言える。一歩毎にと一景と出会い、語り尽せない三国の物語がある。

02貴州の花の季節 「桜」と出会う

桜は予定通りに咲き、また貴州の至る所に散る。青い山と緑の水が繊細でピンクの花びらと織りなすと、油絵のような春の風景が目の前に広がる。車で田舎の道を走っていると、谷から山のてっぺんまで桜が連なっているのが目に入り、枝先にかかった花が雲のように白くて、風に乗ったものが雪みたいに散る。道すがらの花の香りに、いつも酔いしれる。

大河苗村はこのような世俗を離れた場所で、稲田と民家、池、道路が織りなし、幾重にも重なって一枚の魅力的な田園水彩画を構成している。たった一日で、あなたはここを好きになり、大河苗村を好きになるのだ。

03千山暮雪 ニンティの桃花

三月に入ると、新しく立ったタルチョーがまだ新年の喜びを祝い続けているが、きらびやかに繁る十里の桃の花が、一つ一つのチベット風の建物を春の模様に染め上げている。ニンティは春のすべての美しさを請け負っている。青空と白雲は雪山の上で遠方の観光客を呼んでいて、桃の花は雪山に添えられて、山と谷では咲いている花が海のようだ。

雅魯藏布(ヤルンツァンポ)大峡谷を隔てた向こう側にある索松村はまたとない景色がある。花が咲く頃はいつもこの夢のような海に容易く落ち込み、千本万本の桃の木はヤルンツァンポ川に沿って蛇行し、花びらは時々風に乗って川に流され、立ち上る霧を伴って、まるですべての煩悩が忘れるように。

04花のような青春 新疆の春のロマン

新疆まで行かないと、中国の広さを知らない。イリに至らなかったら、新疆の美しさが分からない。新疆の春は四季が溶け合う春であり、万ムーの杏の花が山いっぱいに咲き、自然に成った杏花の谷は色とりどりを呈している。中に身を置くと、春風が軽く吹いて、柔らかい花弁がこぼれ落ち、この上ないロマンチックな気持ちが湧き出る。イリ谷の草原は美しさが咲き、いたるところが青々とし、ピンクと緑が互いに照らし合わせ、牛や羊や馬がのんびりと草を食べている。私たちは草原で杏の花が万遍なく咲くのを見ている。

杏の花の趣を味わってから、梨花の純粋さを感じ取る。コルラの梨花は新疆に更に一枚の美しい絵を添える。ここは仙境みたいな場所であって、我々は絵の中にいるようだ。船に座りながら絵に従って行くと、あなたは岸で梨の花を見て、船の上にある人はあなたを見る、梨の園に立つだけで、一つの風景になる。

05 "婺で花を見る" 徽州で春に酔う

三月の婺源は半分が花に、半分が雨に属する。馬頭の壁にも、苔の段の下にも、菜の花畑にも、至る所がしっとりとしていて、まるで神秘のベールに包まれているのが、徽風の古い趣である。花の海を行き来して、小雨の中を歩く、これが徽州の風景である。

春の婺源は、水がつい動き始めた。漢中と違うのは、婺源の菜の花は安徽省南部の独特な優しさを帯びている。菜の花の海でサイクリングしたり、歌ったり、走ったりして、白壁と黒レンガの婺源の途轍もない美しさを感じる。花を追いかけ、まばら模様の古い壁に触れ、人間生活を味わう。そしてあの淡く風のような、雨のような郷愁を味わう。最後に雨が降った路地に行き、リラのような娘と巡り会う。

春は花の季節だ。言葉や文字では春の活力を語り尽くせないし、春の活力も呼び返せない。ではこの春に準備して、美しい景色を選び、春とばったり出会おう。この春の麗かなの時期に、この奇妙な世界とも抱き合おう。

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